【体験記】北海道で震度7の大地震発生。その時どう行動したかの記録。

北海道で震度7の大地震発生

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北海道札幌市在住の1児の父親です。「メーカー直仕入れ」「問屋仕入れ」「アパレル無在庫販売」など。「仕入れに悩まず、時間の自由を手に入れる物販」を構築。4歳の息子とプラレールで遊ぶ時間が一番幸せなイクメンです。

■ は?5分で月商300万?リピート仕入れのタネあかしをはじめます。

 

 

どうも、サクです。

 

2018年9月6日午前3時8分ごろ、私が住んでいる北海道で「最大震度7」を記録した大地震が発生しました。

 

地震発生とともに即停電が発生し、スマートフォンの灯りを頼りに避難の準備や水の確保を実施、その後夜明けとともに食料の確保に奔走しました。

 

今回、大きな地震を経験して「正直、防災に関する意識が低すぎた、、」ことを痛感させられました。

 

自分への戒めのため、そしてこの記事を読んだ方に少しでも防災に関する意識をもってもらえることを願って、地震発生からの行動記録をまとめておきます。

 

2018年9月6日午前3時8分 地震発生

 

私が住んでいるのは「北海道札幌市北区新川」にある、築25年の9階建てのRC造(鉄筋コンクリート)のマンションの5階です。

 

地震が発生したのは深夜だったので、当然家族3人とも熟睡中。私は眠りが深く、多少周りが騒がしくても目が覚めることがほとんどないので、今回の地震が来た時も夢なのか現実なのかが分からず「んー、なんか揺れてるなー」くらいにしか感じていませんでした。

 

が、次の瞬間。

「パパー!!パパー!!パパー!!」

隣の部屋で寝ていた妻と4歳の息子の叫び声で一瞬で目が覚め、すぐに家族の元に駆けつけました。

 

息子よりも妻が半分パニックになっていたので、とりあえず妻と息子を抱きしめて落ち着かせ、地震の揺れが収まるのを待ちました。

 

2011年の東日本大震災の時も札幌はかなり揺れたんですが、間違いなくそれ以上の大きな揺れでした。東日本大震災の時は「縦揺れ」だった記憶があるんですが、今回はかなり大きな「横揺れ」だったと思います。

 

ただ、家具や本棚などが倒れることは無く、家の中に被害が無かったのが不幸中の幸いでした。

 

1分ほどで揺れが収まり、電気をつけようと暗闇の中を手探りで進みスイッチを入れましたが、電気は付かず。窓から外を眺めると、街頭や信号機も全て消灯しており、地震発生と共に停電が発生していることも確認できました。

 

「一旦、落ち着こう」

 

幸いにも水は止まっていなかったので、3人でコップ1杯の水を飲み気持ちを落ち着かせてから、スマートフォンでYahooニュースをチェック。そこで目にしたのは、

 

「北海道で震度6強の地震発生」

 

「震度6強?メッチャヤバくない?」と思いましたが、言葉にすると妻の不安をあおることになるのでグッと我慢。震源地の「厚真町」ってどの辺だろうと思ってGoogle mapで確認すると、

札幌から厚真町まで

札幌から厚真町まで

「え?こんなに近いの、、、」 札幌から77キロしか離れておらず、高速道路に乗れば約1時間15分ほどの距離。

 

もう1発大きな揺れが来る可能性もあるので、水・食料の確保と避難の準備だな。ということで、妻と手分けをしてすぐに準備を始めました。

 

避難の準備と現状の確認

 

まず、すぐに避難できるように息子をパジャマから着替えさせ、私と妻もすぐに外に出れるようにジーパンとトレーナーに着替えを済ませました。

 

次に「玄関のドアが開くことの確認&ブレーカーを落とす」※ブレーカーを落とさないと、停電が復旧した時に家電が壊れたり、火災が発生する可能性があるので。

 

次に、いつ断水するかが分からないので水の確保。

 

  • 浴槽に水を張る
  • バケツに水を張る
  • 空いたペットボトルに飲み水を貯める

 

幸いにも空のペットボトルが10本程あったので、全てに水を入れて、とりあえず飲み水は確保することができました。

 

次に食料の確認。ご飯を炊いていなかったので炊飯ジャーの中は空っぽ。電気が止まっていて、ご飯を炊くことも火を使う料理もできないので、調理せずに簡単に食べることができるものをチェック。見つかったものは、

 

  • 食パン5枚
  • バナナ4本
  • ちくわ3本
  • ジャム1箱
  • 紙パックの牛乳2本
  • 息子用にストックしていたお菓子が少しだけ

 

後はキュウリやじゃがいもが残っていましたが、調理せずにすぐに食べれるものはこれくらい。停電がすぐに復旧すれば大丈夫ですが、停電が長引くようだとチョットキツイかな。

 

水と食べ物を確認した後は、現状の持ち物のチェック。

 

  • 懐中電灯 ⇒ 無し
  • 電池 ⇒ 息子のプラレール用にストックしていたものが大量にある
  • 現金 ⇒ 妻と私を合わせて財布の中に約6万円
  • 車のガソリン ⇒ 2日前に給油したばかりなのでほぼ満タン
  • スマホのバッテリー残量 ⇒ 2台とも残り80%ほど
  • スマホ充電用のモバイルバッテリー ⇒ 残り50%ほど
  • ノートパソコンのバッテリー残量 ⇒ 満タン
  • カセットコンロ ⇒ 無し(火を使った料理は一切できず)

 

懐中電灯は、息子が遊んでいた時に壊してしまってから「そのうち買わないとねー」で結局買うのを忘れていました。。

 

現金と車のガソリンは問題無し。スマホの充電はモバイルバッテリーとノートパソコンを使えばまだ余裕があるし、車のシガーソケットからも充電できるので当分は持ちそう。ただ、カセットコンロが無いので火を使った料理が出来ないのが痛い、、

 

現状を確認して「食料が少し足りない」 ただ、辺り一帯が停電しているので外は真っ暗。この状態で外に出るのは危険なので、夜が明けて明るくなってから食料を買いに行くことにしました。

 

文章にするとサクサク行動できているように見えますが、全くもってそんなことはありません。妻と二人で「アレ、後何をやればいいんだっけ?」と相談しながら、全てを完了するまでには結構時間がかかっていたと思います。

 

とりあえず、今できることは全てやったので、スマホでもう一度情報を確認。

 

  • 北海道で震度6強の地震発生
  • 北海道全域で停電発生
  • 復旧の見込みは分からない

 

「北海道全域で停電?」ってことは、発電所がやられちゃったってこと? これは停電が長引くかもなー。。

 

スマホで情報をチェックした後、息子が不安にならないように本を読んであげたり、ボードゲームで遊んでいるうちに徐々に夜が明けてきました。

 

「パパ、おなかへった!!」という息子の合図で、3人で朝食。

 

  • 息子 ⇒ ジャムを塗ったパン1枚
  • 私と妻 ⇒ バナナを半分ずつ

 

今度どうなるかが全く分からないので、食料は少しずつ。

 

朝食を済ませ朝7時30分くらいになったところで、食料を確保するために私1人で車に乗って、自宅近くのコンビニに向かいました。

 

食料の買い出しへ

 

いつもは近所のスーパーで食料を買っているのですが、そのスーパーはまだ営業時間前なので、とりあえず自宅から一番近いコンビニへ。

 

が、到着したコンビニの前には長蛇の列が、、(写真を取り損ねました)

 

行列が店内に収まりきらず、駐車場をグルっと回るほど人があふれかえっていました。おそらく60~70人くらいはいたと思います。

 

「これじゃ、並んでも何も買えないかも、、」ということで、コンビニはスルーして、もう少し先の「MEGAドン・キホーテ」に向かうことに。

 

MEGAドン・キホーテにも長蛇の列が、、、

MEGAドン・キホーテにも長蛇の列が

MEGAドン・キホーテにも長蛇の列が

私が並んだ時で、前には50~60人くらい。数分後には私の後ろにも同じくらいの人数が並んでいました。

 

コンビニよりは品数が多いだろうし、「とりあえず息子が食べる分の食料だけ確保できれば良い」と思っていたので、このまま行列に並ぶことにしたのですが。しばらくすると警備員の方から、

 

「飲料水は1人2本まで、パンも1人2個まで」という案内が。

 

「んー、これならもう少し空いてるコンビニで買った方が良いかな?」ということで、行列から離れて少し車を走らせ、比較的空いているコンビニで、家族3人分の最小限の食料(菓子パン・フルグラ・缶詰など)を確保して家に戻りました。

 

コンビニに並んでいる途中で、私の家族と妻の家族に連絡をしたところ、幸いにも全員無事でした。水や食料のストックもそこそこあるので、とりあえずは大丈夫とのこと。

 

途中、札幌の中心部である「中央区」も少しだけ車で走ったんですが、信号は全て消えていて、交差点はお互いに譲り合いながらゆっくりと走っている状態でした。※交通量が多い場所だけは、警察官の方が「手信号」で交通整理を行っていました。

 

停電は復旧せず。暗闇の中、地震後初めての夜へ。

 

食料を確保し自宅に戻り、スマホを使って最新の情報をチェック。震源地である「厚真町」には、北電(北海道の電力会社)の最大の火力発電所である「苫東厚真火力発電所」があり、その最大の発電所が停止してしまったことが、道内全域の大停電の引き金になってしまったようでした。

 

結果的に、地震から2日後には停電は復旧したのですが、このニュースを見た時は不安がかなり大きかったですね。もし火力発電所の損傷が激しかった場合は、停電の期間が長引いてしまうのでは? 1週間?2週間?もっと、、、

 

これ以上考えてもどうすることもできないですし、朝の3時に起こされた息子がかなり眠そうだったので、体力を回復させるために仮眠をとることに。

 

1時間ほど仮眠を取ったところで、妻の幼稚園のママ友からLINEで連絡が。懐中電灯が1つ余っているので貸してくれるとのこと。とりあえず灯りを確保、本当にありがたい、、

 

その後30分ほどして、息子も起床。起きて早々「パパ、おなかへった・・・」 うちの息子はホントよく食べるんです。(笑)

 

ということで、3人で昼食。

 

  • 息子 ⇒ さっき買ってきた菓子パンとバナナ
  • 私と妻 ⇒ さっき買ってきたフルグラとちくわ

 

私は元々食が細いので、多少食べなくても全く問題はないんですが、その分妻と息子には少しでも沢山食べさせてあげたい。

 

いつでも避難できる体制を取りつつ、とりあえずやることが無くなったので、後はひたすら息子と遊んでいましたね。今回の地震では、妻も私も「息子の無邪気さ」に本当に救われた気がします。

 

大人二人だけでいるよりも、息子と遊んでいた方が気がまぎれるし、変なことを考えずに済むので本当に息子の存在に助けられました。

 

  • ひたすら息子と遊び、
  • 合間にスマホでニュースをチェックし、
  • いつの間にか夜になり、

 

「パパ、おなかへった・・・」の合図で、夕食。

 

  • 息子 ⇒ 菓子パンとバナナ
  • 私と妻 ⇒ フルグラとバナナ

※昼食と夕食の間に、3人でポテトチップスを1袋食べました。

 

ボイラーが使えないので、濡らしたガーゼで息子の体を拭いてシャワーの代わりに。やることも無いので早めの就寝。

 

と思ったところで、近くに住む知り合いから「電気が復旧した!」との連絡が。地域によって徐々に電気が復旧しているようでしたが、我が家はまだ真っ暗のまま。

 

知り合いから「モバイルバッテリー貸しますよ!」というありがたい提案があり、近くのスーパーで待ち合わせて、モバイルバッテリーを借りることができました。とりあえずスマホの充電はこれでしばらくは持ちそう。

 

翌朝目覚めた時に電気が復旧していることを祈りつつ、私と妻も早めに眠りにつきした。

 

2018年9月7日朝 停電はまだ復旧せず

 

3人そろって、朝6時半ころ起床。私と息子はいつも通り熟睡でしたが、妻は地震が気になってあまり眠れなかったようです。

 

起床後、願いを込めてブレーカーを上げてみるものの、残念ながらまだ電気は復旧せず、、、

 

もはやおなじみの「パパ、おなかへった・・・」の合図で3人で朝食。

 

  • 息子 ⇒ 食パンとバナナ
  • 私と妻 ⇒ フルグラ?(記憶があやふやになってきました、、)

 

食料はまだ持ちそうですが、停電がいつまで続くか分からないので、もう1回買い出しに行った方が良いかな。

 

朝食後、ずっと家の中にいて息がつまりそうだったので、3人で少しだけ外を散歩することに。

 

当然、エレベーターは停止中。我が家はマンションの5階なのでまだ大丈夫ですが、更に上の階だと階段の上り下りが結構キツイ。

エレベーター停止

エレベーター停止

 

マンションの隣のガソリンスタンドは緊急車両のみ給油可能でした。

ガソリンスタンド

ガソリンスタンド

 

マンションから一番近い信号は、まだ消えたまま。

消えたままの信号

消えたままの信号

 

2番目に近いガソリンスタンドは休業中

ガソリンスタンド

ガソリンスタンド

 

自宅から100メートルほど先の信号は電気が復旧していました

信号の電気復旧

信号の電気復旧

 

ただ、復旧している信号のすぐ横のセブンイレブンは、、、

セブンイレブン

セブンイレブン

 

セブンイレブンの斜め向かいのスーパーも停電中でした。

近所のスーパー

近所のスーパー

 

散歩をしたのは早朝7時半くらいでしたが、同じように散歩をしている家族が結構いましたね。わずか10分程度でしたが、外の空気を吸ってだいぶリラックスできました。

 

電気が復旧したお義母さんの家へ避難

 

散歩から自宅に戻った後、車で15分ほどのところに住んでいる妻のお義母さんに電話。すると「あー、電気戻ってるよ!」というまさかの一言が!!

 

着替えやバスタオル。あと冷蔵庫に残っている野菜や卵など冷蔵が必要な食料をまとめて、すぐにお義母さんの家へ出発。

 

15分ほどでマンションへ到着。荷物を持ってエレベーターに乗ろうとすると「点検中につき使用禁止」の張り紙が、、

 

電気は戻っているんですが、通電後に点検が完了しないと使用できないタイプのエレベーターらしく、使用できるようになるまではもう少し時間がかかりそう。

 

しかたなく、重い荷物を抱えて「8階」まで上がることに。結構キツかった、、

 

お義母さんの自宅に到着し、すぐにアツシと一緒にシャワーへ。まさかこんなに早くシャワーを浴びることができるとは、電気って本当にありがたいです。

 

シャワーから上がり、アツシと少し遊んでから昼食の準備。電気がある!炊飯ジャーでご飯が炊ける!

 

妻が作ったおにぎりとお味噌汁で少し早めの昼食。アツシがおにぎりを夢中で食べている姿を見て、ホッと一安心。

 

ご飯を食べた後、アツシと一緒にマンションの隣にある公園へ。お子さんを連れて遊びに来ている方が10人ほどいて、いつもより賑やかでした。

 

お散歩に来ていたワンちゃんと仲良しに。

ワンちゃん

ワンちゃん

 

公園で遊んだ後は、マンションに戻ってアツシはお昼寝タイム。その間に妻と二人で近くのスーパーへ買い出しへ。昨日よりも行列は落ち着いていましたが、それでも20人ほどが並んでいました。

 

カップラーメンやコーンフレークなど、2日分の食料を購入。マンションへ戻りアツシと一緒に1時間ほどお昼寝。

 

アツシがお昼寝から起きてから、少し早めの夕食。

 

  • アツシ ⇒ おにぎりとお味噌汁
  • 私と妻 ⇒ カップラーメン

 

そのままお義母さんの家に泊まっても良かったんですが、やはり家が気になるので暗くなる前に自宅に戻ることにしました。

 

まだ電気は戻らず。地震後2日目の夜へ

 

自宅に戻って一応ブレーカーを上げてみますが、まだ電気は戻らず、、 寝るまでの間は昨日と同じく暗闇の中で、アツシと一緒にひたすらボードゲームを。

 

懐中電灯の上にペットボトルを乗せると
光が反射して明るくなります

 

懐中電灯の明かりの下で、ボードゲーム大会

ボードゲーム

ボードゲーム

2日間で、同じボードゲームを何回やっただろう。。(笑) アツシが飽きずにやってくれて助かりました。

 

ボードゲームが一息ついたところで、20時頃に家族3人で布団の中へ。アツシを寝かしつけるうちに、パパもママもウトウト、、、、

 

2018年9月7日22時頃 電気復旧!

 

「サクちゃん!サクちゃん!」

 

アツシと一緒に寝落ちをしてから2時間ほど経過したところで、妻の呼びかけで目が覚めました。

 

「なんか、家の中明るくない?」

 

ふとリビングに目をやると、確かにさっきより明るい。電気を消していてもテーブルやソファーがハッキリと見える。

 

「もしや、、」と思い窓の外を眺めると、街頭に灯りが。慌ててブレーカーを上げると

 

「電気ついたー!!」

 

地震発生から、43時間ぶりにサク家に電気が戻りました。電気が復旧した後、近所に住む友人からLINEが。

LINE

LINE

 

倒れた棚の拡大画像

棚が倒れる

棚が倒れる

 

友人はジャンクを中心に扱っているんですが、商品を管理していた棚が倒れてしまったようです。下敷きになったらマジでヤバかったね、、、

 

電気が復旧しても特にやることも無かったので、NHKで地震のニュースを少し確認してから、すぐに布団に戻りました。

 

いつもの日常に

 

電気が復旧したことで、翌日以降はいつもとほぼ変わらない生活スタイルに戻りました。

 

  • 朝食を食べて、
  • アツシと遊び、
  • テレビを見て、
  • お風呂に入って、
  • 暖かい布団で寝る

 

当たり前の生活がどれだけありがたいことかを、身をもって知ることができました。

 

ただ、1日に数回は大きな余震がありますし、今後「計画停電」の可能性もあるので、今のうちに色々と準備をしておきたいと思います。

 

地震を経験して感じたこと「防災に関する意識が弱すぎた」

 

今回、人生で初めて大きな地震を経験して感じたことは「防災に関する意識が弱すぎた」 これは本当に猛省するべきだと感じています。

 

2018年は、全国各地で天災が非常に多く、

 

  • 大阪府北部地震
  • 豪雨被害
  • 台風被害

 

特に6月以降は、ほぼ毎日といってよいほど、テレビで各地域の被害状況が報道されていました。

 

そういった報道を見るたびに「うちもしっかりと準備しないとね」と妻と話してはいましたが、それも結局口だけで、どこか「対岸の火事」だと思っていたのが正直なところです。

 

  • 北海道は大きな地震なんて来ない
  • 大規模な停電も無い
  • 台風も来ない
  • 津波も来ない

 

何の根拠もなく勝手にそう思い込んで、家族を守るための準備を怠っていた。父親失格だなと、本当に考えさせられることが多かったです。

 

  • たまたま、現金を多めに持っていた
  • たまたま、車にガソリンが満タンに入っていた
  • たまたま、スマホのバッテリーの予備があった

 

全てが偶然に助けられていて、もし全てが反対に転がっていたらと思うと、正直ゾッとします。

 

 

私の父親は、私が25歳の時に亡くなっているんですが、その時に感じたことは「明日何が起こるかなんて、誰にも分からない」ということだったんですよ。だからこそ、家族を守るために全力で働いて、沢山お金を稼ごうと思ったんです。

 

にもかかわらず、天災に関しては「明日何が起こるか分からない」という考えがスッポリと抜けてしまっていたんです。自分に身には起こらないだろうとタカをくくっていた。本当にバカだ、、、

 

だからこそ今回の経験を糧にして、次に同じことが起こった時に、家族を守ることができる準備をしっかりとやる。今回の経験で学ばなければ、本当にただのバカですよね?

 

幸いなことに我が家は大きな被害も無く、家族3人ケガも無く、無事に元の生活を送ることができています。

 

この生活を当たり前だと感じずに、家族を守るために何をすべきかを考えて行動していこうと強く心に誓いました。

 

個人的な日記のような記事になってしまいましたが、この記事を読んだ方が、少しでも防災に関する意識を持っていただければ嬉しく思います。

 

それでは。

 


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